都心のホテルから

都心のホテルから

「ごきげんですね」

タクシーの運転手が声をかけてきた。

「いや、同窓会だったんだよ」

男は車に乗り込んですぐに運転手と会話をかわした。きっと話好きな運転手なんだろう。

「昔の御嬢さん方とのたのしい会話をしてね……」

男はうれしそうに話をはじめた。

車はホテルを後にしてネオンのきらめく大通を通り抜けて高速に入った。

「そうですか。それはよかった」

そして、男はひとしきりどんなに楽しかったかということを話した。

ひとつの盛り上がりが過ぎて、うちの同僚の話なんですがねと今度は運転手が話し始めた。

「元エリート官僚だった同僚がね、今までになんども案内があったのに出席していなかった同窓会へどんな気の迷いか出席したらしいんですよ。その時、昔淡い恋心を抱いていた女性に会ったんです。お酒もまわっていたんでしょうね、中年になっていたのに厚かましく告白したんですよ。男の厚かましい思い込み以外にないんですがね。まだ運転手になる前のことですよ」

運転手はポツポツと話していく。

「それを相手の女性は快く受け入れてくれたというんですよ。『あのころキミに恋していたんだ』と言ったらしいんです。あっ、これはつくり話だなと訊いていたんですが、『でも、恋愛している余裕はないので、つきあいたいのなら即結婚を意味するのよ』って、そういったらしいんです。それでもいいと同僚は思ったらしいんですよね。いや、ちょっとまてよ。そうだとすると今の女房はどうするんだ。こんな古い淡い恋心のために、悪戦苦闘の修羅場を演じようというのかい? 今さらそんなことをしたくないという気もしたらしいのですが、日ごろの鬱憤もあったんでしょうね、ままよと二人で逐電したらしいんです」

男は後部座席のシートに深く沈み込んで運転手のはなしを訊いていた。

「へえ、大胆なことをするんだ」

「それで、いまタクシーの運転手をしているというわけです」

「それで、その駆け落ちした彼女とはいっしょにくらしているの?」

「まさか、当然旦那のもとにかえりましたよ」

なんだ、そうなんだと男は思ったとたんに気づいた。

「その同僚って運転手さんのことじゃないんですか」

運転手はハンドルを握りながら、ちょっと後ろをふりむいたような気がしたが、どうもそうらしかった。

「ええ、わたしのことですが、お客さんあなたのことでもあるんですよ」

運転手はそういった。

車は目的地についた。料金を支払って、くるまから降りた男は、一人単身のマンションに入っていった。

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