片岡義男『個人的な雑誌1』紙の本じゃないよ

片岡義男『個人的な雑誌1』紙の本じゃないよ

https://kataokayoshio.com/novel/03211

BinBから発売されている電子書籍だ。片岡義男の本を電子化しているわけだけれども、これは1987年の出版にしては新しい試みだったということがわかる。個人的な雑誌というの名の小説なんだと。雑誌と言い換えているけれど、小説でしょう。エッセイにしては紹介するアメリカン小説の筋を丹念に追っかけていくここといい、コメントも批評にはなっていない。

詳しくはロマンサーに北條一浩さんの紹介がある。

https://romancer.voyager.co.jp/?p=57910&post_type=epmbooks

私としては、前半のエッセイとされるインタビューの方が小説らしくていいなと思う。後半の短編を含む文章集は時代を感じさせるし、私好みではない。

北條氏は(いや「これこそが新しい試みの小説なのだ」というご意見があれば真剣に拝聴したいです)とあるので、その発言に呼応して新しい小説だと繰り返しになるが述べてみたい。

それはインタビューという形式をとりながらアメリカン小説の紹介から植草甚一さんの話、雑誌『ワンダーランド』のことへと流れていく.しかしその話は過不足なくプロットを構成していく。一見エッセイのようにも見えるけれど、そこに意匠が働いているということで、これは小説と呼ぶしかないだろう。エッセイらしい主張で終わるが中途半端だ。

そもそもがこのインタビューの聞き手が自分だということによって自分の好きな方向に話を進めていくので、合の手をいれる聞き手はすでに小説中の会話になっている。

小説は何も〈僕〉という主人公が外界や他者と違和感を感じて葛藤するだけのドラマではない。あまりに一人称の小説が多いので誤解されやすいがこんな定型におさまっていても面白くないだろう。

まして、小説を所与のものとして固定化して考える必要もないのであって、まだまだ未来に向かって開いている可能性のある形式と考えた方がいいんじゃないかという意味で新しい試みの小説だとしておこう。

ちなみに、所収されている写真といい、その長さといい、電子書籍はこれくらいの大きさがいいんじゃないかと思う。あまりに短いものやら、長いものは歓迎できない。長すぎるとアーカイブになってしまうからね。

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