イタロ・カルビーノ『最後に鴉がやってくる』強烈な時代を生きたときの短編集

イタロ・カルビーノ『最後に鴉がやってくる』強烈な時代を生きたときの短編集

この短編集は、第二次世界大戦化のイタリアレジスタンスに参加していた時のカルビーノを無視してはなりたたない。

命の危険を感じていた反面、強烈な生をも感じていたはずなのだ。命の危険をなんども感じたとあるように、それは極めて充実した日々であったであろうことはまちがいがない。そのレジスタンスもなんとなく参加したものから自ら決意して参加した者まで、さまざまあったという。時代というのは若者にとってはそういうものだ。つねにはっきりと自覚した理由があるとはかぎらない。特に政治的なものは往々にしてこういったノリで動くことがある。

そうであったとしても、この時期を小説化したというのは、時代の雰囲気を大いに活写していると言えるだろう。私はこの短編集が嫌いではない。

長い時間をかけて、ポツポツと読んできた。

そして気づいたのがこの「短編小説の快楽」というシリーズが5巻本で、そうとは知らずにレーモン・クノーとビオイ・カサーレスも持っている。何か装丁がにているなあとはおもっていたのだが気づかないでいたのだ。たしかにこのシリーズはおもしろくて、一回読んでおわりというわけにはいかない。ときおり読み返している。ということは残りのウイリアム・トレーヴァ―もキャロル・エムシュウィラーも手に入れなくてはならないだろう。まったく知らない作家なので楽しみだ。

イタロ・カルビーノのことを書こうと思って書きだしたのに、この短編シリーズのことになってしまった。

小説は評論するよりかみしめることだ。そうは分かっているのにすぐに意味を求めてしまうというのは本能なのかもしれない。まさにすぐに解釈し意味を求めたがる現代人のいち典型なんだと感じる。つまらない奴だ。

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